移住者インタビュー

なかがわグレープファーム
中川 淑子 さん 中川 憲一郎 さん

ワインづくりのために夫婦で移住

山形県東部に位置する天童市。将棋駒と温泉、そしてラ・フランスやさくらんぼなどフルーツのまちとして知られています。そんな天童市に2018年春、新たなブドウ農園「なかがわグレープファーム」が誕生しました。

なかがわグレープファームは、中川淑子さんと夫の憲一郎さんのご夫婦二人によって営まれる小さな農園。ワイン好きのお二人がブドウを自家栽培してワインを醸造したいと、2018年にさいたま市から天童市へ移住し、山々に囲まれたのどかな荒谷エリアにて新たな人生の一歩を踏み出しました。

実は中小企業診断士としても活躍するお二人。移住前はさいたま市にて、淑子さんと憲一郎さん共に中小企業診断士として活躍し、現在も山形県内の企業へのコンサルティングを行いながら、ブドウ栽培に取り組んでいます。

山形の自然と向き合いながらブドウを栽培し、コンサル業を行いながら自らの農園を経営していく日々。お二人の表情からは、穏やかながら着実に目標に向けて歩む力強さを感じました。今回はそんなお二人に、移住の経緯や、農業を軸にした山形暮らし、そして農園に込める思いをうかがいました。

山形でブドウ畑と出会う

淑子さんはもともとワインエキスパートの資格を持つほどのワイン好き。淑子さんの影響で憲一郎さんもワインが好きになり、さいたま市在住時代はふたりで東京のワイン教室に通ったり、長野や山梨のワイナリー巡りをしていました。そんなある日、家族経営の小さなワイナリーと出会い、感銘を受けたお二人。「もしかしたら自分たちでもワイナリーができるのではないか」と思い始めました。

中川さんのご自宅にてインタビューを実施

どこかに畑を持てないかと検討する中で、憲一郎さんの地元である山形の親戚から「使えそうな畑がある」との知らせが舞い込みます。天童市荒谷にかつてぶどう畑だった土地がいまは放棄地になっていることがわかりました。

その土地との出会いをきっかけに、2017年の夏頃、天童市への移住を決意。移住の準備と並行してたびたび畑を訪れ、荒れ放題の状態から少しづつ苗木を植える準備を始めました。

古民家に住んでみたいと思い空き家バンクで家を探したものの、夫婦二人で住むには広すぎて、断熱の工事にかなりの費用がかかることが判明。古民家は断念して、畑の近くに土地を探し、家を建てることにしました。

将来的にはこの敷地内に醸造場をつくりワイナリーを始める予定

農業委員や地域の農家さんに支えられて

移住の手続きのため市役所を訪ねると、「畑を始めるならば、地元の農業委員の方に相談してみたらどうですか?」とのアドバイスを受けました。

農業委員とは、地域の農家を代表として、農業の担い手育成や遊休農地の発生防止および解消、農地利用の最適化などに取り組む人。地域の農業委員の方にご挨拶に行き、これから苗木を植えると話すと「苗木からスタートすると最初の収穫まで4~5年はかかってしまう。1~2年前までブドウを育てていた畑があるから、そこも使ってブドウを育てながら勉強してみたらどうか?」とお世話していただくことに。

こうして4アールからのスタート予定が50アールに広がり、市から農家の認定を得ることができました。認定がおりることで、農業にまつわるさまざまな制度を活用することができます。

※1アールは1辺が 10 メートルの正方形の面積

垣根式のブドウ畑。主に生食用は棚仕立てで、ワイン用は垣根式でブドウを育てている。垣根式の直線状に木が並ぶ風景はなんとも美しい。10アールで250本ほどの木が植えられている。写真提供:中川さん

ワイン用と生食用では、栽培方法が違いそれぞれに大変さがある。特にシャインマスカットやピオーネなど種無し品種の生食用は手間がかかるという。写真提供:中川さん

都市生活とコンサルティングの仕事から山形でのブドウ農家へ。大胆なシフトチェンジに思えますが、栽培技術に試行錯誤しつつも、初年度から計画通りに進めることができたといいます。そこには農業経験ゼロのお二人を見守る近隣農家の方々のあたたかい眼差しがありました。

「初年度は何も知らないことが逆に強みになっていたと思います。自分たちなりに調べて、まずはいろいろやってみるわけです。そうすると、周りの農家さんが気にかけてくれて、軽トラを止めては『こんなやり方ではダメだ』とアドバイスをしてくれたり、中古の乗用草刈機を安く譲ってもらったり。本当にたくさん助けていただきました」(憲一郎さん)

「初めて会う方からも『ブドウの中川さん』と認識されることが多く、農業委員の方やご近所の農家のみなさんのおかげでここまで来ることができました」(淑子さん)

生活面でも地域にすんなりと馴染むことができたというお二人。これも“農業”という地域との共通言語があったからなのかもしれません。こうして中川さんご夫妻は順調に耕作面積を増やし、現在(2021年1月時点)では134アールまで広がっています。

ご自宅の書棚にはワインにまつわる本がずらり。ほぼ独学のブドウ栽培では、YouTubeの動画もとても役立ったといいます

自然に囲まれた山形暮らし

山形での暮らしは日常が豊かだと中川さんご夫妻はいいます。山の眺めが良く、空気がきれいで食べ物も水もおいしく、野菜も新鮮。畑仕事をしていると、隣の敷地の方からお裾分けをいただいたり、近所の方と野菜とブドウを物々交換することもあるそうです。

「山形で暮らすようになってから早寝早起きになりました。夏は日の出と共に起きて、日没とともに仕事を終える。通勤時間が短くなり、暮らしのサイクルが変わりました。車で走っていると眺めが良くて、山が見えるとすごく落ち着きますね」(憲一郎さん)

淑子さんは温暖な熊本出身であり、長らく首都圏で生活してきたものの、山形暮らしにはすんなり馴染めたといいます。

「なにより農園をやるという大きな目的があったので、農業で日々忙しく悩んでいる余裕もなかったのが正直なところです。みなさんとてもお元気で、80歳を過ぎても当たり前のように毎日畑仕事をしていらっしゃるので、周りの農家の方々にもたくさん刺激を受けています」(淑子さん)

「移住した直後、畑にいるとみなさんから口を揃えて『あなたたちみたいな若い人が来てくれてよかった』と言われて驚きました。私たちは50代。埼玉にいたときは自分たちが若いだなんて思ったことがないですから。
この地域で私たちと同世代で畑をしている人は少なく、圧倒的に80〜90歳の方が多いです。農業は間違いなく高齢化が進んでいますが、農業をやられているみなさんはとてもお元気。人生、まだまだ先は長いんだなと気づかされましたね」(憲一郎さん)

コンサルとブドウ農家の二足のわらじ

さいたま市ではそれぞれ中小企業診断士のお仕事をしていたお二人。移住後もコンサル業を続けながらブドウ農園を営んでいます。ブドウ農園を始めるには初期投資がかかり、最初から専業農家として生計を立てるのは難しいため、兼業することは移住前から決めていました。

なかがわグレープファームのホームページをのぞくと、生食用のピオーネのほか、ワインやジュース、コンポートなどが並んでいます。コンポートは山形市内にある県営の「食品加工支援ラボ」で自ら加工したもの。山形6次産業化サポートセンターでの研修で施設や制度について知り、1日限定で製造許可書をとって製造・販売したそうです。

コンサル業の知見を生かしながら、自ら事業者として実践していく日々。移住して3年が経ち、徐々に農家の時間が増え、コンサル業とのバランスを考えながら仕事をしているといいます。

「農業にかける時間の増え方に対し、売り上げは微増(笑)。 だけど最初はそれでもいいと思っています。事業計画は、状況が変わるごとに何度も作り直しです。売り上げを少しでも伸ばすためにロスを少なく付加価値をつけて販売しようと、日々二人で相談しながらやっています」(淑子さん)

なかがわグレープファームの商品たち。取材時にキャンベル・アーリーのグレープジュースをいただいた。ブドウの豊かな風味とすっきりした甘さ

ワイナリーを目指して

現在ある134アールの畑のうち、100アールは苗木を植えてワイン用のブドウを育てています。現在(2021年1月時点)はまだ酒造免許を取得しておらず、委託加工でワインを生産中。将来的には、家の敷地内に醸造所をつくろうと計画しています。

この土地にはかつて大手酒造メーカーのワイン工場が2つあり、ワインの原料をおろすため、一帯にはブドウ畑が広がっていました。それは荒谷小学校の校章がブドウのデザインであることにも名残が見られます。ワイン工場の撤退にともない、ワイン用ブドウの栽培はなくなったそうですが、そんな荒谷の土地で、図らずとも再びワイン用のブドウ栽培を始めたお二人。今後のなかがわグレープファーム、そしてこの地域について、お二人はこう話します。

「私たちがワイナリーを始めることで、なにか地域にプラスの効果が生まれるといいなと思っています。耕作放棄地はこれから増えていくので、ワイン作りに興味がある若い方がいればノウハウをシェアして助け合ったり、一緒になにか生み出していけたらいいなと思っています」(淑子さん)

「コロナ以降は働き方がずいぶんと変わって、ある意味ではチャンスだと思うんです。若い人が山形に来てリモートワークしながら兼業で農業をしたり、一緒にワイン作りをする人が出てきたら、すごくいいなと思いますね。
だけど、まずは私たちがワイナリーをつくることから。いずれは収穫祭や苗木を植える会など、県外の人や地域の人にも活動を外に開いていけたらいいなと考えています」(憲一郎さん)

移住して今年で3年目。苗木からブドウが収穫できるのは5年後ということで、軌道にのせるまであと2年ほどはかかるといいます。ワイナリーの開設に向けて、今日も中川さんご夫妻の挑戦は続きます。

酒造免許取得のために、現在長野の醸造所に通い研修を受けているお二人。なかがわブドウファームのオリジナルワインが今から楽しみです!

> 移住者インタビュー一覧へ戻る