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佐々木­忠蔵 天童織田藩出身の教育者 佐々木忠蔵


 佐々木忠蔵は、元治元年(1864)5月15日、天童織田藩士佐々木綱領(六之丞)の次男として生まれた。父綱領は、号を北溟と称し、藩校養正館の都講を務め、明治の学制発布後、初代天童小学校長を務めている。

 忠蔵は山形師範学校を卒業すると、天童小学校に赴任し7年間教鞭を執った。まだ20代という若さであったが、次席としてすでに学校経営にも参画するなど、前途有望な青年教師であった。

 忠蔵は、明治20年(1887)に天童小学校教員を辞職し、天童織田藩出身の宮城浩蔵らが創設した東京の明治法律学校(現明治大学)に入学して法律学を修めた。

 明治法律学校を卒業した忠蔵は、陸軍省録事に任官し、日清戦争後に日本領となった台湾の総督府に勤め、大正5年9月までの22年間、台湾の民政に従事した。

 大正7年、天童町民の間から佐々木忠蔵を天童小学校長に迎えようとする動きが活発になった。このような町民の懇願を受け、大正8年(1919)2月に天童小学校長として着任した。また、大正9年には、天童実科高等女学校の開設にも尽力し、小学校長と兼務し初代校長となった。

 忠蔵は、在職中スケールの大きい異色の教育者として県の教育界をリードしてきたが、昭和5年に退職した。退職後は、東村山郡教育会副会長を務めたほか、郷土史の研究に取り組み、「勤王家吉田大八先生」「長谷部先生」などを刊行した。

 佐々木忠蔵は、昭和16年(1941)2月3日、76歳の生涯を閉じた。
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