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平成24年2月


 今年で9回目となる「天童織田藩将軍家献上寒中挽抜そば」の賞味会が、市内のホテルで開催されました。織田信長公を祀る建勲神社に打ちたての寒中挽抜そばが奉納され、その後に開催された賞味会には600人を超える大勢の皆さまの参加をいただき、賑やかに開催されました。
 「寒中挽抜そば」は、織田信長の末裔である天童織田藩が江戸時代に徳川将軍家に献上していた史実に基づいて、天童商工会議所と天童市麺類食堂組合が連携し、調査と研究を重ね実現したものです。その知名度と評価は年々高まっており、歴史に裏打ちされたそばの美味しさにより、県内はもとより県外からも来童されるお客様が増えてきております。これは、そば自体の美味しさはもちろんですが、天童商工会議所、天童市麺類食堂組合をはじめとする関係者の皆さまの熱意と努力の賜物であり、心から敬意を表します。
 「そば」は、近年のそばブーム・健康志向と相まって、本市の重要な観光資源の一つとなっています。本市としても関係団体と連携を深めながら、そばの消費拡大に繋げていきたいと考えております。皆さまにもぜひ「寒中挽抜そば」の歴史に思いを馳せながら、伝統ある「寒中挽抜そば」を十分に味わっていただければ幸いに存じます。
 当日の賞味会には、本市出身の仙台圏在住者で結成されております「在仙天童会」からも御出席いただきました。在仙天童会名誉顧問でもあります天童氏第25代当主の天童勲氏にもお越しいただき、会食しながら近況を伺う機会がありました。天童勲氏も、震災の津波により家屋が浸水する被害に遭われましたが、現在は震災前と変わらない穏やかな生活を送られているとお聞きし、いささかほっといたしました。
 その昔、天童氏が天童城から移り住んだと言われている多賀城市の八幡地区にも、喜太郎稲荷明神(天童神社)があります。天正12年(1584年)に最上氏の攻撃を受けた天童城は落城し、当時の天童城主であった天童頼久は、家臣である喜太郎に先導され、陸奥国に落ち延び、伊達氏の保護を受けると、宮城郡八幡(現在の多賀城市八幡)に知行地を与えられ、伊達氏の準一家として多賀城で存続したと伝えられております。
 新年を迎え、天童氏が多賀城市八幡にある喜太郎稲荷明神に参拝するために足を運んだところ、「多賀城に天童の名が残っていることをうれしく思いました お酒は神社の祭礼に ワインは天童家でお使いいただけたらうれしく思います 天童市在住の58歳男性」と記された便箋とともに、供物が供えられていたということです。
 新しい年に多賀城まで天童の足跡を辿り、両市の絆を大切にしている方がいることを大変うれしく思いました。このたびの東日本大震災の発生により、多賀城市と本市との絆はより太くなりましたが、今後ますます両市の交流が深まっていくことを期待しております。

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